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「僕の彼女はケツユウ病」後編

結局、一人では結論を出せなかった。
その事実に僕は少なからずショックを受けていた。

「関係ないよ、病気なんて。結婚しよう」
と言ってしまえればいいだけの話なんだけど、僕には言えなかった。
もちろんカナコとは今でも結婚したいと思っているし、だからこの一週間血友病について散々調べてきた。
でも知識を得るほど「もっと血友病について知らないと答えを出してはいけないような気がする」と答えを先送りにしてしまう。
挙げ句の果てに「保因者の女性と付き合っている男性の話が調べても出てこなかったからどうにも決心がつかない」と人のせいにまでし始める自分に辟易としている。

今日は血友病患者を支援する団体のはばたき福祉事業団に話を聞きに行くことになっている。僕の優柔不断さを咎められるんじゃないかと憂鬱な気持ちを抱えながら、飯田橋駅でカナコと待ち合わせた。










「なんかすごく緊張するんだけど。」
「大丈夫だよ、柿沼さん豪快で明るい人だから。友和が知りたいことは何でも話してくれると思う。」

僕が知りたいことって何だろう。
血友病の詳しい情報を知りたいのだろうか、いや違う。
本音は「血友病の保因者と結婚しても大丈夫なんですか?」
と単刀直入に聞きたいのだ。

大丈夫か、大丈夫じゃないかなんて他人に判断できることではないし、その答えは自分次第でどうにでも変わるということは分かってる。
そんなことは分かっていながらも、とにかくその決心がつかない。

駅から歩いて10分ほどではばたき福祉事業団に僕たちは到着した。
カナコが「柿沼さ〜ん、こんにちは。」と声をかけると、その女性はやってきた。

「あ〜カナちゃんいらっしゃい!久しぶりね、また綺麗になっちゃって。あ、彼氏さん?名前はなんていうの?」
「あ、椿友和と言います。」
「友和さんね、どうぞいらっしゃい、ふたりとも中入って入って。」

柿沼さんは、カナコが言っていた通り明るく接しやすい方のようだ。
通された会議スペースで僕とカナコが待っていると、大量のお菓子を持った柿沼さんが現れた。

「ほら、もう15時でしょ。うち15時はおやつの時間だから。これ食べながらお話ししましょ。それで、今回の話って」
「私彼と付き合って2年ほどになるんですけど、つい先日血友病について初めて話したんです。彼も色々と調べてくれたりしてるんですが、分からないこともあるから是非一度柿沼さんに色々と話を聞いて欲しくて」
「そうなのね。友和さん、血友病ってこれまで聞いたことはあった?」
「いえ、全く知らなくて。恥ずかしながら初めて聞きました。」
「全国に6,000人しかいない病気だし知らない人が殆どなのよ。なんだったら、関係者ですら血友病について勘違いしてることがあるくらい。」
と話すと柿沼さんは、ちょっとまってね〜と部屋を出て行った。
※令和元年度血友病凝固異常症全国調査によると、令和元年(2019年)5月31日時点で、血友病Aは4839人、血友病Bは1021人と報告されている

部屋に戻ってきた柿沼さんから”血友病ファクトシート”と書かれた資料を渡された。
「これはね、血友病について正しい知識を得てもらうために私たちがまとめた資料なの。」
といって説明が始まった。
血友病の症状や治療、そして遺伝のこと。
やはり、母親が保因者の場合、男の子、女の子どちらの場合でも50%の割合で血友病または保因者の子供が生まれてくるらしい。
50%か・・・
と僕が表情を曇らせたのを柿沼さんは見逃さなかった。

「でもね、友和さん。最近では治療法が進んで、血友病の重症度や製剤の種類にもよるけれど中には、月に1回の注射で済む人もいるのよ。健常者と同じように生活できる人も多いわ。最近も血友病の子供達を集めたイベントでもみんな走り回って誰が血友病なのか全く分からなかったの。」
あっはっはっと豪快に笑う柿沼さんを見ていると、心がすごく軽くなった気がした。

その後、柿沼さんが個別に話す時間を作ってくれた。カナちゃんがいると聞きづらいこともあるでしょうと配慮してくれたのだ。
「結婚は前向きに考えているの?」
「正直、ここに来るまですごく迷ってたというかどう答えを出せば良いか分からなかったんです。でも今日お話を聞いて、難しく考えすぎてたのかなって。確かに、大変なことはあるのかも知れないですけどカナコと一緒に生きていきたいなという強く思いました。」

1時間ほど話をさせてもらっただけで、ここまで自分の迷いが晴れるとは正直思ってもみなかった。
ただ何となく結婚を考えていた僕にとっては、カナコとの将来や自分達の子供のことについてしっかり考える良い機会だったとすら思える。

「気持ちが固まってきたのなら良かったわ。カナちゃんと友和さんが結婚して、子供ができたらその時は私たちがサポートできることがあるからいつでも言ってちょうだいね。もし、結婚することになったとして、ご両親にどう話すかは考えてる?」
「いえ、自分のことだけで精一杯だったので、親のことまでは考えていなかったです。」
「医療が進んだことでね、血友病が付き合いやすい病気になってきたことは確かだけど、まだまだ昔のイメージのままのご両親もいらっしゃるの。それでどうしても折り合いがつかなくて結婚を諦めたり、半ば縁を切る状態になった子も見てきたの。ご両親にお話するもしないも二人の自由だけど、そこも考えた方がいいわね。」

柿沼さんとの面談を終えた僕たちは、はばたき福祉事業団を後にした。
飯田橋駅までの帰り道に、僕は彼女に今の気持ちを話した。
血友病へのイメージが変わったこと、そして、カナコが保因者だと告白してくれてからカナコとの将来について真剣に考えたことを。
時間が経つとまた優柔不断な自分が出てきそうだったから、気持ちを全部伝え切りたかった。

そしてここだけの話、そのままの勢いでプロポーズをしてしまった。場所はみずほ銀行の前。ムードもへったくれもないけれど、話しているうちに一人で盛り上がって気付いたらプロポーズしていたのだ。優柔不断なのに衝動的に動いてしまうところが、僕らしい、と思う。

「駅前でプロポーズって新しいね」
とカナコは苦笑いしながらも「ありがとう、とても嬉しい」と受け入れてくれた。
後日、改めてレストランでプロポーズをし直した。これが私たちの友人が知っている正式なプロポーズであり、駅前のプロポーズは僕とカナコしか知らない。

さて、このまま話は終わりかというと実はそうではない。というよりここからが大変だった。
結婚を決めた僕たちは話し合った結果、僕の両親にカナコが血友病の保因者であることを伝えることに決めた。

僕は実に楽観視していた。
柿沼さんに説明してもらったように、話せばいいだけだと。
血友病ファクトシートを手に僕は一人で久々に地元の大阪に帰省した。

「お母さんは反対やな。」
血友病ファクトシートをめくり説明しながら、思うような反応を得られていないことは顔を見ずとも伝わってきた。だから、説明し終えるまで僕はずっと資料に目を落としていた。

「何でやねん。血友病って最近では普通の人と同じように過ごせるし、注射も1〜2週間に1回でいいんやで。何なら糖尿病よりも楽やわ。」
「あんたが何を知ってるの。お母さんは、遺伝すると分かっているのに受け入れることはできへんわ。」
「おかんがそんなに理解がないとは思わんかったわ。もうええわ。」
僕が席を立とうとしたところ父親が口を開いた。

「お母さんも心配しているんや。友和の子供が苦労するかもしれんと分かってて、ぱっと受け入れられないのも親心なんやで。」
「それは分かってる。二人には感謝してるし、きちっと話してから結婚したいと思って来たんや。俺は血友病のことを聞いた上でカナコと一緒に生きていきたいと思ってるし、その覚悟が揺るぐことはないからそれは分かって欲しい。」
「何度もいうけどお母さんは反対や。血友病になるのが50%って言うんやったら、ならないように産めるんやったらいいと思うわ。」
僕はその一言が我慢ならなかった。いつか生まれるであろう子供が血友病だった時にその存在が認められないとしたら、そんな可哀想なことはない。

「そんな産み分けみたいなことできたら、世の中から血友病も無くなってるやろ。もう話すことないわ。」
とそのままの勢いで家を出て来てしまった。
僕が思い描いていた結婚の報告とは程遠くなってしまったけどしょうがない。

もう両親と会うことはないかもしれないけど、覚悟を決めたからには後戻りはできない。
でもカナコには、言えずにいた。

「お父さんとお母さん何て言ってた?」というLINEにも「今度会った時話すね!」と先延ばしにしてしまった。悪い癖だ。

カナコを傷つけずに伝えるにはどうしたらいいだろうと考えていた数日後、父親から一通のメールが届いた。










こないだはお前の決断を踏みにじるようなことを言ってすまなかった。

あの後、お母さんともしっかり話した。お母さんは友和が苦労するのが目に見えたから反対してたんやけど、そもそも苦労がない夫婦などないし、子供のことだって悩みが尽きることはない。
どんな病気にかかるかも知れないし、どんな怪我をするかも知れない。
大事なことは、何があっても家族が心を一つにしてたくましく生きていくことやから。
お母さんも今は納得してるし、二人で応援していこうと話したよ。
今度かなこさんも一度連れて来なさい。
楽しみにして待っています。         父

自分でも驚くほど泣いてしまった。
覚悟を決めたと言いつつ、親が受け入れてくれなかったことにどこかで不安を感じていることは自分でも分かっていた。
「ありがとう、二人みたいな親になれるように俺も頑張るわ」
と返信した。

ここまでが、僕が経験してきた記録。
期間にすると1ヶ月足らずの話だけど、本当に悩み、自己嫌悪に苦しんだ末の結論でした。
僕はたまたま柿沼さんに相談することができて、自分の中に答えが見えたけど、もし相談する人がいなかったらカナコと別れを選んでいたかも知れません。
保因者の方の中にも、誰に相談していいか分からない方もいると聞きます。
結婚のこと、子供のことで独りで悩んでいる方がいるのならはばたき福祉事業団に相談することを薦めたいです。

僕とカナコはというと、両家の顔合わせを終えて無事入籍をしました。
子供はまだ少し先の話だけど、どうなろうと幸せに暮らしていこうと思います。
それでは、最後まで駄文にお付き合いいただきありがとうございました。

保因者の皆様のお悩みを柿沼がお聞きします。

文中にも登場した柿沼はこれまで18年間はばたき福祉事業団で、血友病患者や保因者女性の悩み相談を行ってまいりました。
まずは、こちらの動画をご覧ください。

誰に相談していいか分からないとお悩みの方ははばたきまでご連絡ください。
お待ちしております。

保因者女性の出産の悩みと私たちができること

はばたき福祉事業団には、血友病保因者の女性から様々な相談が寄せられます。
出産についてもご相談が特に多く、私たちがお手伝いできることを事務局長の柿沼にインタビューしました。