コラム
「ホインシャって、病気?」後編
保因者であることを打ち明けて、彼と別れてからおよそ半年が経った。
私の中で完全に解決した訳ではなかったけど、今回の顛末を唯一話している高校の同級生美香が、私が考えこまなくて済むように何か用を見つけては連れ出してくれた。
「本当に、クズだったよね。」
私はそこまでは思っていないのだが、美香がバッサリと斬ってくれるのはありがたい。
変に気を遣われる方が居たたまれなくなってしまう。
「まぁ、結婚となると色々な価値観があるからね」
「それで、最近は?出会いとかあんの?」
「あれっきり全くないよね、そんな気力もなかったというか」
「駄目だよ、どんどん外に出ていかないと。エネルギーが枯渇するよ」
というと、美香は「パワーッ」と呟きながらよく分からないポーズをしている。前の彼と別れて以来、誰かと付き合うなんて全く考えもしなかった。これ以上人に拒否されるのが怖かったのだ。
「ねぇそうだ、今度合コンしよ。」
「えぇ、この歳になって合コンなんていいよ。」
「何言ってんのよ、25歳だから合コンするんでしょ。加奈子はキレイなんだからもっと男にチヤホヤされなさい。ちょうど大学時代の男友達から誘われてんのよ。じゃあ決定ね。」
「もう、勝手なんだから。」
私は美香の強引さに弱い。合コンなんて大学生以来だ。
その合コンで出会ったのが、友和だった。
友和は仕事の都合で遅れてきて友人にお酒を一気させられていた。
いじられキャラで、何を言われてもニコニコしている彼を不思議と目で追いかけていた。
友和と出会って、3回ほどデートをしたタイミングで彼から告白されて付き合うことになった。
友和と付き合った当初は、前回保因者が理由でプロポーズを解消されてしまったショックがまだ残っていて、交際相手といえど簡単には話さないし、同じ経験をするくらいなら結婚なんかしたくないとすら思うようになっていた。
でも付き合いが長くなるにつれ「彼なら受け入れてくれるんじゃないか」と思えるほど私は友和に心を許していた。
そして付き合って2年ほど経った時、意を決して友和に血友病について話した。
彼は戸惑いながらも血友病に向き合ってくれたし、彼のご両親に一旦は反対されたものの結婚を祝福してもらうことができた。
(彼に打ち明けてから結婚するまでのことは、友和が書いた「僕の彼女はケツユウ病」に詳しく書いてある。)
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友和と結婚した後も変わらず仕事を続けていたし、2人の生活を楽しんでいた。
1年半ほど経った頃から、子供について真剣に考えるようになった。
子供を作ることは元から決めていたのだけど、子供が血友病だった場合にどんな準備が必要なのか、血友病患者に慣れている病院で出産した方がいいのかなど調べていたがよく分からなかったので一度医者に話を聞きに行くことにした。
あの時のことを思い返すと今でも腹立たしい気持ちになる。
血友病について徹底的に知ろうと思えるきっかけになったことは認めるけど。
「血友病保因者なのに出産するの?」
その医者は確かにそういった。
「えっ、はい。そのつもりでいるので話を聞きにきたんですけど。」
「子供が血友病だったら大変だよ。その子供も血友病になる可能性があるからね。」
そんなことは分かっているし、それでも出産することを決意した上で話を聞きに来ているのだ。
それまで黙っていた友和が口を開いた。
「先生、産むか産まないかを相談しに来たのではありません。子供を作るのは決めた上で出産や子育てのお話を伺いたいと思っているんです。」
「まあそう言うなら止められはしないんだけどねえ。」
「一度聞きたいことを整理してから出直します。ありがとうございました。」
そう言うと友和は席を立ってしまったので私も急いで後を追った。
「ごめん加奈子、勝手に出てきて。」
「私が怒り出す前に友和が出て行ったからちょっとびっくりした。」
穏和な友和が怒りの感情を露わにするのを見たのはこの時が初めてだったのだ。
怒り慣れてないせいか、声が震えてしまっていたけれど。
「前に血友病が理由で別れた話をしてくれたじゃない?その時の加奈子の気持ちが理解できたというか。血友病をよく知らずに否定するようなことを言われて俺がムカムカしてきちゃって。」
「ありがとう、友和。よく知らずにって相手は医者だけどね。」
「絶対何にも知らないよ、あの医者!」
「ハハハ」
確かに腹立たしさもあったけど、2人で怒ったり笑えたりすることが何より嬉しかった。
“あ、私はもう1人じゃないんだ、この人と家族なんだ。”
家族を本当に実感したのはその時が初めてだったのかもしれない。
「何よ、その医者!何も分かってないじゃない、話にならないわね!」
ハハハハと豪快に笑うのははばたき福祉事業団の柿沼さんだ。
私たちは、医者ではなく柿沼さんに相談することにしたのだ。
結婚する前に友和を連れてきてから、彼も柿沼さんを慕っていた。
「でもね、すべての医者が血友病に詳しい訳じゃないからね。前に保因者の方がマタニティクリニックで相談したら『白血病ですか?』って言われたこともあるのよ。正しい知識を持っている方に相談しないとね。」
柿沼さんから紹介してもらったのは血友病患者さんが多く通院している血友病に詳しい病院だったので、出産時の注意事項や生まれてくる赤ちゃんのリスクについて丁寧に説明してくださった。
赤ちゃんに何かあった時緊急治療ができるNICUとも連携しているということで病院によってこうも対応が違うのかと驚きだった。
「保因者の方が安心して出産に臨める環境を用意しているから、安心してくださいね。」
と言っていただけただけで来てよかったと思えた。
その半年後私は妊娠し10月に美優が生まれた。
あれだけ心配していたけど、出産は何も問題なく終わった。
何かあっても大丈夫という信頼感を病院に持てていたことは大きかった。
これから出産を控えている保因者の方は慎重に病院選びをして欲しいなと思う。
美優が保因者かどうかは今は分からない。
けれど、彼女が分かるような年齢になったら話そうと友和と話している。
彼女の疑問や不安に正面から向き合ってあげたいと思う。
私は保因者と知らされたのが突然だったし、分かってからも傷つく経験をしてきた。
だけど、美香がいて友和がいて、相談できる場があって。
私は色んな人に支えられて今こうして幸せを感じることができている。
もしかしたら今悩みを相談できる人がいないという方もいるかもしれない。
いきなり医療機関へ相談するにはハードルが高いとも思う。その前に相談できる場、例えばはばたきなど患者会もあります。
これを読んで、悩んでいるのは自分だけじゃないんだと思ってくれたら嬉しいです。
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