コラム
血友病保因者が結婚を考えた時に医師として伝えたいこと
血友病家系女性・保因者のための情報サイト「生きる力を育てましょう」を運営する社会福祉法人はばたき福祉事業団です。
今回は血友病患者を診察する医師であり血友病の研究者としても活躍されている自治医科大学教授の大森司先生にお話を伺いました。日々臨床医師として患者さんに接することで見えてくる課題、血友病保因者から受ける相談や悩みなどについて率直に語っていただきました。
社会福祉法人 はばたき福祉事業団とは~
東京HIV訴訟和解成立後、薬害エイズ被害者の救済事業を被害者自らが推進していくことを目的に、1997(平成9)年4月1日に任意財団として設立され、その後2006(平成18年)年8月28日、厚生労働省より社会福祉法人として認可を受ける。現在はHIV感染者や血友病患者等の身体障害者の更生相談事業や感染者の遺族に対する相談・支援や調査研究、教育啓発等の公益事業活動などを行っている。
血友病保因者はどんな悩みを抱えている?
私は大学での研究の傍、臨床医として血友病患者の治療にあたっています。保因者の方からのご相談は血友病患者のご家族からとの繋がりで相談にこられます。多いのは血友病患者の娘さん、あるいはお姉さんや妹さんが出産する時の相談です。私のところへ治療に来られる方はみなさんある程度の知識をお持ちなので、相談内容としては「結婚をどうするか」「子供を産むべきか」といったものではなく、「出産の時に何に気をつけたら良いのか」といったものが多いです。悩みというよりは具体的な質問です。
血友病保因者の出産に関しては、出産前に産婦人科や小児科の医師と情報を共有する必要があると伝えています。ご本人の出産時の出血のリスクと生まれてくる子供が男の子で血友病だった場合の頭蓋内出血のリスクがあります。ご本人の出産に対しては必要に応じて製剤の投与で対応できますし、頭蓋内出血のリスク回避という意味では帝王切開を選択することもできます。必要以上に心配をせずに正しく備えることが大事だと思います。
血友病専門の医師に聞く血友病の説明方法
出産のご相談を受けた際には、その後の子育ての話にもなりますね。男の子だったら血友病の可能性が、そして女の子だったら血友病の保因者になる可能性があるので、今一度血友病の遺伝に関する正しい知識を身につける必要があると思います。特に血友病の治療は日進月歩なので、最新の情報についてもお伝えしています。
まず、血友病についての考え方です。必要以上にご本人や家族を心配させてしまうのを避けるために、まずは血友病の遺伝や治療について、次のような説明をしています。
血友病は遺伝子の変異によって起こるものですが、そもそも遺伝子の変異というものは一定の割合で誰にでも起こり得るものなのです。遺伝子にも色々あって、変異が起こっても生活に影響が出ないようなものもありますが、血友病の場合は“たまたま”血が止める役割の遺伝子に傷がついてしまったということ。そうなると、もはや個性として捉えるべきことなのかもしれません。
治療もびっくりするくらい進歩しています。これまでの治療の基本としては血液に足りない凝固因子を補充するというものでしたが、製剤の改良が進み体内に留まる時間が長くなってきたので、今では血友病Bの場合は週1回から3週に1回、血友病Aの場合は週に1〜2回程度の投与で済むようになりました。他にも血友病Aでは血管に打たずにお腹に打つような製剤もあり、これは月に1回の投与で済む場合もあります。まだ治験段階ですが遺伝子そのものへアプローチする治療なども登場しています。製剤投与の頻度が減ると日常生活への影響も少なくなるので血友病患者にとってはすごく嬉しいことですよね。
一方で、女性保因者自身に出産時をふくめ出血リスクがある場合があることや、生まれてくるお子さんが血友病の場合は出産時に通常の出産よりも十分に気をつける必要性があることを説明するようにしています。
自分は血友病患者?確定保因者?推定保因者?意外と知らない事実
また自分が確定保因者*なのか推定保因者**なのかを知らずにいる方も多くいらっしゃいます。推定保因者の場合は、確実に保因者かどうかはわからないのですが、遺伝子検査を受けていなくても保因者だと想定して対策をとるようにしています。ご本人の凝固因子活性から本人が手術や出産時に凝固因子の投与が必要かどうかを考えます。また出産時にはお子さんが男児の場合に血友病である可能性を考えて万全の体制を整えます。血友病保因者の数は血友病患者の数倍いるとも言われていて、中には自覚がない方もいらっしゃるので実際の数はよくわかっていないのが現状です。
また、若いうちに親からきちんと説明を受けているか、あるいは顕著に症状があるならば「自分は血友病」だと自覚しますよね。しかし中には高齢になってから事実を知る方もいらっしゃいます。特に軽症の血友病の場合は日常生活で気付かないこともあり、そのような方が60代70代になった時に、事故や手術時に出血がとまらずに血友病と診断されることがあります。実際に60代で胃潰瘍からの出血が止まらなくて来院された患者さんもいました。そのような方にはすでにお子さんやお孫さんもいらっしゃるので、これまでに血友病という認識がないご家族に、遺伝性疾患としての特徴をどのように説明するかは悩むことがあります。
血友病を取り巻く環境の変化は?
血友病と聞くと薬害エイズ事件を思い出す方もいらっしゃるでしょう。事件は悲劇だった ことは確かですが、血友病という希少な病気が広く周知されるきっかけになったことも事実です。事件以降は治療の公費負担やサポート体制も整いましたし、就労面でも理解が進んでいるように思えます。治療も年々劇的に進化しているので、血友病患者を取り巻く状況としては明るくなってきているのではないでしょうか。
一方で、保因者を取り巻く環境や認識については改善すべき点があると感じています。医療者の中にも“女性保因者は出血傾向を来さない”と誤って認識している方もいますが、保因者の中には出血傾向をきたし、出産時や外傷時に治療を有する方もいます。保因者自身が出血傾向をきたしている場合、特に凝固因子活性が40%未満のときには軽症血友病として対応することが必要です。この点、私達も保因者の出血傾向がどの程度か正確に把握し、社会に伝えていく必要があると感じています。また、先ほども申し上げましたが、血友病保因者の中には保因者として自覚していない方も結構いるのではないかと思います。それは遺伝という側面に対しての情報共有が行われていない場合があることも一因ではないかと思っています。親や親族に血友病患者がいる場合、子供への遺伝の可能性はありますよね。しかし、その事実が伝わっていないケースも見受けられます。もし自分が保因者であるという事実を知らないと、結婚や出産となった時にパートナーやそのご家族への伝達も行われませんし、自分自身の出産時も適切な対応ができませんよね。「知らない」「聞いていない」というのが問題かもしれません。ただ、“いつ”、“だれが”、“どのように”、この事実を伝えるのがよいかに最良の答えはないと思います。その点、はばたき福祉事業団が、医療機関にかからない家族の相談の窓口となって、個別に遺伝的な側面からのカウンセリングや健康状態のフォローができる医療施設などへ紹介をしていただいているのはよいモデルではないかと思います。一方、情報弱者や必要な知識が得られない潜在層へのアプローチをどのようにするかは今後の課題だと思います。
私は、日常診療で血友病患者の診察をしているので、まずは患者さん自身に正しい知識を持ってもらって、そこからリレー形式でお子さんたちに伝わるように働きかけています。何度も申し上げますが血友病は治療が良くなってきているので、血友病保因者であっても結婚や出産に対して消極的になる必要はありません。自分の人生を自由に選択できるということを広く知ってもらえたらいいなと思っています。
*確定保因者:血友病の父親をもつ女性、二人以上の血友病患児を出産した女性、一人の血友病患児を出産し、かつ家系に血友病患者がいる女性
**推定保因者:家系に血友病患者がいるが、血友病患児の出産歴のない女性、一人の血友病患児を出産したが、家系に血友病患者がいない女性、兄弟に血友病患者がいる女性